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♪日々、コレ、ちえぞう♪

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「ぼくらが旅に出る理由」を2回歌った日にオザケンのライブに行けた。2012年。旅をしたい、もっと。 ↓ ローテンブルグで出会ったにゃんこ☆ ↓

死者と犠牲者のあいだ

ただひたすら本を読んで過ごしています。何も岩手に帰ってきた時にこんな日々を過ごさなくても良いものを…(泣)。

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するっと読めそうなボリュームですが、なかなか進みがよろしくない。手が止まる。涙が出てばっかり。

マスコミ関係は電力が確保されている(電源を持っている)ので、停電から来る怖さも体験していなければ、情報もテレビを通して映像を見られていたし、大人数でいるし、‘恐怖’っていう感覚は欠如していたと思う。
ただただ、現実がよく分からなかったもんなぁ。これは本当に起こっていることなのか。頭で全く理解できないまま体を動かしてた、そんな感じ。

河北新報という新聞が、震災してから発行を続けるまで、が。綴られている。新聞販売店の話などは泣けて泣けて本当にページが進まない。
「死者」という表記でいいのか…という葛藤から「犠牲」という表現を選んだところとか。これは当事者でもあるからの葛藤だ、と。すごく感じる。
今、「がれき」という表現にしたって。それに代わる言葉が思いつかなくてもどかしくやり過ごしているけれど、「がれき」なんて表現は。使いたくなんか、ない。それまで普通に生活していた全て、なんだもの。

伝える側。どんなメディアであれ。いろんな葛藤を持っていた。日々。県庁から上がってくる情報は「壊滅」の文字の連続だった。
テレビで津波の状況を見ていると、壊滅…の意味も、分からないでも、ない。でも、停電してしまった今、電池のラジオを頼りにしている方々が「壊滅」の連呼を聞いて…どう思うか。そんな立場に立って考えてみれば分かること。
もう、現実だ、と思いたくなかったのかもしれないですな、私の場合。思考を停止しようとしてた、とも言えるのかも。

なんとなく放送のシフトが、私は連日、夜〜早朝番だったので。朝陽がのぼるころには確かに何も頭が働いてなかったように、思います。

忘れたくなります。日々、楽しいことも増えてきて、日常というものに包まれているので。確かに、忘れていっているところも、あります。
でも、忘れちゃいけないこと、っていうのが、やっぱり、ある。この本を読んで、そう思った。

振り返って、あの当時の私のブログは、記述がことごとく、ない。

こうして、たまには思い返していこうと思った。私自身のウェブ上の日記にすぎないんだから、いいでしょう。

あさってには、8か月経つんだもんね。あの日から。
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by takahashichie | 2011-11-09 23:27 | ほぼ毎日更新From ケータイ