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♪日々、コレ、ちえぞう♪

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「ぼくらが旅に出る理由」を2回歌った日にオザケンのライブに行けた。2012年。旅をしたい、もっと。 ↓ ローテンブルグで出会ったにゃんこ☆ ↓

あめゆじゅ とてちて けんじゃ

けふのうちに とほくへいつてしまふ わたくしの いもうとよ

宮沢賢治の「永訣の朝」はこの書き出しではじまる。

クラムボンがその詩を歌っているのだけれど、それを初めてワタシが生で聞けたのは、盛岡だ。
また、今回のツアーでも、それが、聞けた。 

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5月26日@盛岡・内丸教会。
ここには、「宮沢賢治が弾いた」という、オルガンがある。100年ほど前から、ここで弾かれているオルガン。
郁子嬢がおもむろに、そのオルガンを弾きながら。「永訣の朝」を、口にする。
夢みたいな、ひととき。

「クラムボンは、笑ったよ。」…宮沢賢治の作に、こんなのも、あるね。

「宮沢賢治がいなかったら、“クラムボン”って(ユニットの)名前にも、ならなかったかもね?“ひなぎく(とか言ってた、確か)”なんて名前に、なってたかもね?」
ミトくんのMC。

郁子嬢が「永訣の朝」を弾き歌ったあと、ミトくんもそのオルガンを弾いていた(笑)。やっぱし触って、音出してみたいよねぇ(笑)?うん、うん、分かるよぉ。

もう。この「永訣の朝」1曲を聞けただけでも。クラムボン盛岡ライブに行った価値があるとゆーものです!!

ちなみに。ライブ全体もかる〜くふり返ってみると、「対バンliveっぽいよね」とミトくんが言うように、前半と後半が明らかに違いすぎて…前半は教会で、みんな座って、しっとり、聴き入る。後半は、全員スタンディングで、ベスト的ナンバーオンパレードで盛り上がる…ここは教会ですが、大丈夫??ってくらいの(笑)。
ドラムのダイスケさんが「イエス様みたい!」と言われてたのにはウケた♪

しかし…たまたま、この前。宮沢賢治の話になったのです。ここから、ツイッターでのつぶやきとかぶるけどね。
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」そして「放射能ニモマケズ」…今のこの状態と、“共存”していくにはどうしたら良いのか?と、考えていこう、って。言われたの。
ただただ怖気づいたり、毛嫌いするのは、違う。もちろん放射能は、目に見えない恐怖に違いない。でも、ただ恐怖におののくのではなく「正しく、恐れましょう」と。
宮沢賢治が、導いてくれた。

さらに。今日の岩手日報。
宮沢賢治記念館・牛崎副館長の講演のお話が載っていた。興味深い。かいつまんで、さらに要約して、紹介します。

1)震災後、俳優の渡辺謙さんが動画サイトで「雨ニモマケズ」を朗読したのをきっかけに、世界へと広がった。これまでも各国で翻訳されてきたが、アメリカでは共感が少なかった。「負けない、ってどういうこと?勝たなきゃだめだろう」という、アメリカ的な発想には理解され難かったものが、今回、震災の映像と共に入っていったのは、大きな驚きであった。

2)「雨ニモマケズ」を、力強く生きなければならないメッセージと受け止めるのは重すぎる。これは、宮沢賢治の死後に見つかった手帳に記されていたものだ。「自分が死ぬ、と覚悟した後、少し回復し、花巻に戻って、手帳に書いた。人に見せよう、と書いた他の作品群とは別なものである。

3)その「雨ニモマケズ」が、多くの人の共感を集める理由は、自然の中で、人間が生かされているという、賢治作品の生命観にあるものであろう。

ワタシはこの、3)の部分の意味合いが今、とても。感じなくてはいけないところ、と思わされて。
人間は「生かされている」のかな…どんな自然でも、どんな状況であっても。「生かされている」と考えると、考え方が、ちょっと変わってくる気がするんだよね。「生きている」ではなく、「生かされている」だと。

今の、この世の中を、「生かされている」人間は。今の、日本の状況に、どう向かう?

政治、なんなんだ。何やってんの??沿岸部への国としての予算組みも、もうちょっと、さぁ。そんで、原発のことだって。
みんな「自分の立ち位置」しか、考えてない気がしてならない。「自然の中に生かされている人間」と認識したら、こんな動きには、ならないと思うのだけど?いくら団体だ、個人プレーじゃないんだ、としても、さぁ。

宮沢賢治が説いていたことを、読み直す時です。先人の教えに、学ぶ時です、改めて。
クラムボンのliveのタイミングといい。個人的に、勝手に。そう思っています。

そうだ岩手には、後藤新平もいたんだ。
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by takahashichie | 2011-06-02 00:00 | NO MUSIC,NO MY LIFE♪